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よしかじんインタビュー 長谷川さん一家の場合

長谷川■プロフィール
神奈川県横浜市より移住。
慎さん 42歳 博多生まれの横浜育ち。友紀さん 36歳 東京育ち。仁君 4歳 和君0歳、吉賀町に越してきた年の09年7月に誕生。
40歳になったら第2ステージ。水のきれいなところに住みたい、と、「水質日本一」に輝いた高津川の源流の町、吉賀町へ2009年3月に移住。
趣味/慎さん:登山、自転車、カメラ。学生時代は自転車でキャンプしながら日本中を旅したアウトドア派。友紀さん:糸紡ぎ。本来は外で遊ぶことは好きではなく、家の中のことをしているのが好きな2児の母。田舎での豊かな暮らしの中でゆったり子育て中。

■人生の第2ステージは40歳

「"40歳になったら人生第2ステージ"と元々考えていたけれど、きっかけは子どもが生まれたことが大きかった。」と移住のきっかけを話してくれた慎さん。
(慎さん)都会では、電車に乗っているとぐったりとしている人も多いし、エネルギーが吸い取られてしまう感じがする。そんな中で長男が生まれて「俺はこいつのためには死ねない、こいつが大きくなるのを見てやらなきゃ」と思い、40歳を前にした頃に、「よし、やめるぞ」と。
前職は農業土木の技術職で、自分の前職、知識などがある中で次のステップに行きたいなぁと思っていたが、家族との生活のために、獏前と考えていた移住への想いを形にしていく、新しいステージへと踏み出す決心をした。
「皆の言う第2の人生と言われる60歳は、スピード感がなくなっているだろうと思ったのと、足が痛い・腰が痛いとか、体力・気力を考えると、第2ステージとして何かをするには40歳だ、と思って。」

「前職を辞めた時はその後の構想はなかったけれど、農業土木として何ができるのかの答えを探すために、そしてせっかく日本人に生まれて、1回限りの人生、自分のいる日本という国を知らないのもどうかな、と思い、自分が見てきた日本の素敵なところを、妻や子どもにも見せてみたいなと思って、自転車で1年をかけて日本1周の旅に出ました。」

■自転車日本1周の旅、きれいな水を求めて吉賀町へ

「高校生の頃から『水』がキーワードだった。吉賀町に来たきっかけはきれいな水。」と慎さん。
「水をきれいにできるのは何だろう、と考えて、大学では農業水利学 物理的に水を勉強する学科で学んできたけど、水をきれいにすることは科学者がみんなやってくれているから、自分は水がきれいなところに住もう、と思うようになったんです。」
「日本1周の旅の目的は @日本の農業がどうなっているかを見る旅 A家族に日本を見せる旅 B好きなところがあれば住もうと思っていたので、適地探しの旅。3つの目的で旅をしたけれど、実際は楽しいだけで帰ってきてしまい、適地を探すに至りませんでした。水がきれいな屋久島や高知も見たけれど、そこには自分の農業に対する気持ち的な動きはなく、なぜか自分には響かなかったんですよね。」

(友紀さん)私の場所選びの条件は、日当たりが良くて、自分のいる場所が温かいことだけでした。農業をするのは田舎な所だろうと思いながら、あちこちの土地を見ていたから、田舎に来ることへの覚悟は決まっていました。それに、自分の当面のやることは子育てと家のことだから、あとは糸紡ぎができればどこでも良かったんです。家の中でやることばかりだから、場所のこだわりはなかったですね。それよりも、場所さえ決まってくれれば、それからのことを色々考えられるので、早く決まってほしかったです。

■キーワードは「来てみんさい!」吉賀町の懐の深さ

旅する中で日本の原風景である農村が荒れていく姿を目の当たりにし「このまま見ていたくない」と思って、「農家になろう」と決心。自転車旅から戻り、本格的に移住先を探し始めた。米を作ることはしたかったので「水がきれいで、米ができる土地」を探したところ、これがなかなか決まらなかった。
(慎さん)「そんな時に、広島に住む姉が偶然テレビで「高津川 清流日本一」を見て連絡をくれたんです。吉賀町は知らない土地であったけれど、早速翌日に横浜から足を運びました。」
初めて訪れた吉賀町では、移住の窓口となる役場企画課を通じて、ふるさと案内人の方に町内を案内して頂き、農家民泊もして地元の方の話を伺う機会を作った。
「ワサビもあるし、米以外にも収入を得られるものもあるから、なんとかできると思うよ」と吉賀町を案内してくれたふるさと案内人の方は言ってくれた。

それまでに足を運んだ土地では「米だけでは難しいと思うよ」「住むところも探せばあると思うけれどなかなかねぇ・・・」と言われることが多かった。「自分も苦労はわかっているけど、始めから"難しい"という話をして終わるのでは、誰も何も進まないし、後ろ向きな発言ばかりでは誰も来れないよね。ほかの土地はそういうところが多かったけれど、吉賀町はどーんと構えているというか、違いました。」「人もいいし、ワサビもあるし来てみんさい!」と言うところに、「おーっし来てみよう」と言う気持ちにさせられた部分が強い。

「吉賀町は懐が深いなぁと感じます。"なんとかなるけー、来んさい"と言う感覚がすごく伝わってきて、吉賀町を訪れた次の日に妻と相談して、すぐに来ることを決めました。」

「その土地に決めるかどうか、一番の決め手は窓口の人だと思う。これまでのことを全部投げ出して来るのだから、実際どうにかなるかわからない不安は誰でも抱えている。その中でも、役場企画課の方だったり、たまたま町を案内してくれたふるさと案内人の方だったり、不安を和らげるだけの人が吉賀町にはいたのだと思う。
その地域で暮らせるかどうかも、行ってみないとわからないところもあるけれど、決め手は「なんとかなるけー、来てみんさい」と言う、本当に「来てみんさい」だと思う。吉賀町ではどうにかなる、できる懐の深さ、広さがある。

―新規就農の受入れについて―
(慎さん)「我が家の場合は、作りたい作物などの希望を聞いてもらえるところを役場に紹介してもらい、農業研修を受けました。09年3月から10ヶ月間教わってきたのですが、1シーズンを過ごしてみて、手探りで良いから「自分で作ること」をしたいと思い、今年から独立することを決心しました。」
新規就農はどこの土地でも大変なことだが、初年度、2年目などでも手を差し伸べてくれるところが吉賀町にはある。
「例えば、農地を借りるにはある程度実績がないと難しいものですが、吉賀町では、当然、貸してもらえるだけの地域の人との信頼関係、人間関係を自分から作っていくことは必要ですが、1年間の研修でも"あそこで研修を受けた"とバックボーンとして見てくれて、農地を借りられたりします。」

■吉賀町に来てみて

「吉賀町の魅力は季節感があるところ。そして、水と空気、食べものが美味しいこと」と夫婦そろっての回答。「東京・横浜から帰ってくると、水・空気が違うのを実感します。」
(友紀さん)越してきて「食べ物の旬」に気付きました。ご近所からの頂き物や、ホームセンターに梅やらっきょうの瓶が並んだりなど、あちこちで旬を実感することができます。

「来てみるまで病院については不安だった」と友紀さん。近くに必要な病院があるか、救急車を呼んだら何分かかるか?など、「病院にたどり着くまでに時間がかかってしまうのでは、助かる命も助からないと思って」。
慎さんも、自分のこと、農業のことはクリアできると思っていたけれど、家族を連れた身としては、田舎にそろっていないもの(病院、学校、保育園など)、町の施設・環境がどうなっているかが、住むに当たっては情報がいっぱい欲しかった、と言います。「家族のことについてが一番気になるところだったので、もっとインターネットでもわかるといいなと思います。」
この他、買い物などの生活面のことも心配はしていたけれど、来てみれば杞憂に終わったそう。「近くに21時まであいているスーパーもあるし、今は何でもインターネットで買えるので、来てみたら不便なことは何もなかった。」とのこと。また田舎暮らしをしながらも、益田、周南、岩国など周辺の大きな町に1時間で出られる適度な距離感がいいですね。」

■変えていく余地のあるところが魅力

(慎さん)「何かを仕組んでやっていこうとした時に、川も整備されていないけれど、地域をコーディネートできる、変えていく楽しみがあるところが吉賀町の魅力。」
例えば、とてもきれいだけれど整備されきった川の脇に住むと、仕組みづくりが出来上がっていたり、景色などが整備されきっているところは、それ以上のことは何もすることができなかったりするけれど、吉賀町は良くするために変える余地があるな、と思った。例えば山の中にターザンロープを張ってみたりもできそうな楽しみもある。いじろうと思えばいじれること、って大切だと思う。

地域の人にとってはそこにある自然は当たり前で、それ以上どうこうしようと考えるものではないこともあるけれど、「今」だけではない、次の世代でこの地域をどうするかは、日本国中で考えなければいけないことだと思う。例えば高津川の水量のことは「減ってばかりだねぇ」と言うけれど、僕らにとっては、どうして水を増やす活動をしないのだろう、と思う。
吉賀町は日本の中でも自然が豊かに残り、とても良い土地だと思うけれど、みんなが当たり前と思っているものを、そのままで満足するのではなく、もっといい当たり前にして未来に残せたらいいなぁと思っている。どこまでできるかわからないけど。自分の子供の未来に自然を残そうとすることって大事だと思う。
技術屋の時によく言われたけれど、「できないって言うな、わからないって言うな。そしたらそこで話が終わってしまう。それをやってみようと思う気持ちがなくては駄目なんだ。」そのできる可能性が吉賀町にはある気がする、と慎さんは言う。

■手厚い子育て環境

(友紀さん)子育てサロンが毎日あいているのはすごいと思う。お母さんも達もお互いに助け合ってやっています。自然が豊かな分、寒くても季節感があったり、不満なことよりも良いところの方が多いです。
また、前に住んでいた家のある蔵木地区は、地区の運動会(小中学校・公民館=在住者全員)があるなど、地区の皆で楽しむ機会が多いのが良かったです。子どもの数が少ないので、年齢が上の子が下の子の面倒を見ることが当たり前なのも良いところですね。ただ、クラブ活動が少ないので、これならやりたい、とそれぞれの子が思えるものがあるともっと良いなぁと思う。
今住んでいる高尻地区では、家や趣味でやっていることを展示するスペース、場所を作ってみたいと思っています。気軽に見られて、発表する場があると楽しくなりますよね。
また子育て環境は手厚いと思いますよ。
*中学校まで医療費がかからない
*公立学校が中高一貫教育
これにはへーっと思いました。医療費も馬鹿にならないし、子どもがいる家庭は気になることだと思う。後のことは、来てみてこの町で良かったかどうかは、自分が来てみて作るものだと思っています。

■移住してから8か月暮らしたお試し住宅、新しい家

定住することを決めて吉賀町には来たけれど、最初はお試し住宅に入りました。
住んでみての感想は、移住の入口として、とても良い立地にあると思います。小学校の敷地内にあり、自分たちに子どもがいたことも大きいと思うけど、息子が小学校に通うお姉ちゃん達に遊んでもらったことが、自分たちの友達づくりのきっかけになりました。それと裏のおばあちゃんが、いいおせっかいをしてくれるんです。畑のこととか、いい風に構ってくれたことが良かったですね。
知らない人に簡単に貸してくれる住宅は少ないものだし、地域になじみながら、お互いに信頼関係を築きながら、落ち着いて貸して頂ける家を探せたので、良かったと思います。

新しい家は「縁」で見つかりました。研修先に勤め始めた頃に、「**さん家はどうかねぇ。高尻(今の家のある集落)はすごく人もいいし、農業をやっていこうと思うならいいと思うよ。」と、痛みが少ない空き家を役場の方が知っていて、取り次いでくれた。
家主の方との話も当然すぐに、とはいかない部分もあったけれど、親せきの方が後押しをしてくれて決まったんです。こうやって集落で受け入れてくれたことが我が家にとっては大きいので、この集落で頑張っていこうと思った。
自分がああしたい、こうしたい、と言葉を発信していると、自然と仲間・情報が集まってくるものだと思う。これから来る人も、まずはどこか可能なところに住み始めて、あとは人の縁でどうにかなっていくものじゃないかな、と思います。

■キーワードは「散歩」と「祭」

「散歩」「祭」が地域に溶け込むのにとてもいいきっかけだった。後輩夫婦が後から吉賀町に移り住んでくることになり、同じようにアドバイスしたのだけれど、集落の人はみな、自分たち「知らない人」が「あそこの家の人」と知っているから、歩いていると声をかけてくれる。地域の人の顔が見えるし、こちらの顔を見てもらえる。自分たちからも挨拶するなど声をかけるようにしました。
そして「祭」。移住してすぐに地域のお祭りがあって、その手伝いをしました。祭の後には打ち上げがあってそこにも参加させてもったのですが、この2つが地域に溶け込めたきっかけになりましたね。
(慎さん)「新しい土地にお邪魔しているわけだから、自分からも入っていく働きかけ、というのは大切じゃないかな、と思う。」

■日々の生活費について

移住1年目の農業研修期間中は、農業研修(5万)と、定住財団からの補助(8万。単身の場合は5万)の補助を頂いて、その範囲内で生活していました。
住居費は横浜にいた頃と比べて圧倒的に安い。8か月いた移住お試し住宅の家賃は15600円/月でした。現在は古民家をお借りして、日曜大工で修繕しているところです。
ガス代がちょっと高いけど、野菜は頂き物や、家庭菜園があるので買っていない。
ガソリン代は、車社会だから高くなったように思われがちですが、都会の生活と比べると減ったと思う。例えば通勤で往復30キロとすると、300〜360円程度。電車・バスで横浜から東京に往復することを考えれば安い。

■家族の顔の見える生活を

農業の道を選んだ理由でもあるけれど、家族の顔の見える生活がしていきたいと思って吉賀町に来ました。東京に住む友人から「長谷川さんのブログを見ていると、本当に自分たちの生活が、これで本当に幸せなのか、考えちゃうわよね」と言われて、僕の場合はまだ生計をたてられていないけれど、僕とかが田舎暮らしをして生計が立てられるなら、とても豊かで幸せなことだな、と思う。それを試しながら作っていかなければ、と思っている。だから、大変だけれど、家族と向き合っていけるところがいいところだな、と思う。
我が家では生活の5カ年計画を立てているのだけれど、4年目となるこれからの1年は作物を作ることを実施して、5年目にはある程度の形を作っていきたいと思っている。5年が終わったところで、方向をまた修正して、とやっていくのだろうな。今を必死に生きるのもそうだけれど、3年後、5年後の姿も考えながらやっていかないと、と家族とはよく話をしています。

■移住を考えている方へ

(知人や役場などに連絡をして)人のつながりを作ったら、まずは来てみること。気になる人がいたらその人のところ飛び込んでみること。「なんとかなるけー、来てみんさい!」ですね。自分に合わなければやめれば良いし、考え過ぎずに来たらいいと思う。吉賀町にはお試し住宅もあるからそれが可能。それが移住者の気楽なところだと思う。
これが最後、というところはどこにもないのだから、変に決めつけないで来たらいいと思う。人が見つかって、キーワードがこの町にあるなら、まずは来てみること。来てみないことには何もわからないから。
そうは言っても、全部が自分の都合に合うことはまずないですよね。合わないことは、自分で変える努力をすることも必要だと思う。吉賀町は、都会ではできないようなことも教えてくれる人もアイテムも何でもあるところ。やる気次第で何でもできる場所だと感じています。

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